社長のビタミン・一日一語

臥龍には、一つの夢がある

§  今日が人生最後の日だとしたら・・・

『17歳のとき次のような一節を読んだ。「毎日を人生最後の日であるかのように
生きていれば、いつか必ずひとかどの人物になれる」。私は感銘を受け、それ以来
33年間毎朝鏡を見て自問している。

「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」。
そしてその答えが「いいえ」であることが長く続きすぎるたびに、私は何かを変える必要を
悟った』(スティーブ・ジョブズの言葉)

逆に言えば、毎日が「人生最後の日だとしてもやりたいこと」の連続だったら、
最高にハッピーということだ。台湾での三日間の経営者セミナーは、一人ひとりが
自らの「人生最後の日だとしてもやりたいこと」を確立するものだ。昨日は、臥龍が
自らのことを開示し、参考にしていただいた。
(ここから)
2100年に生まれる子ども達が“あってよかった!”と想う社会志産を6つ遺す!
1.25歳から「人を幸せにする経営」の普及を開始、2023年(67歳)で「(一社)人が輝く
経営実践会」を設立。「人本主義経営」の作品企業1000社を通じて高度幸福化社会創造の
一隅を照らす。

2.37歳から「WBJのチャイルド・スポンサー」に参加、1万人の子ども達に「未来への希望」を
プレゼント開始。

3.39歳から「日本と台湾の絆創り」に取り組み、国を超えた「大家族の絆:APRA」を育み続け、
100年先まで続く友情伝説を創造する。

4.51歳から日本中に“働く喜び(朗働観)”を届ける「感動物語コンテスト」を開催。

5.52歳から「志授業」と「幸せ家訓カード」や「真婚式」を通じて、100万人の「未来からの
使者(子ども達)」に勇気を届けること開始。

6.人生・経営・教育分野において読み継がれていく「古典」を著しつつ、「最高のハッピー・リタイア
メント」のモデルを自ら示す。
(ここまで)

「2100年に生まれる子ども達が“あってよかった!”と想う社会志産を6つ遺す!」これが、「人生最後の
日だとしてもやりたいこと」となる生き様テーマだった。このテーマが生まれたきっかけは、母の一言だった。
35歳の時に、家を建てることで親孝行しようとするが、母には「お前には何もしてやれてないから要らない」
と言われる。それからも、物やお金で親孝行しようとすると母は泣いて止め、いきなり「お前は未来にお返し
しなさい」と告げる。

臥龍は、「未来さん」は何処と探すうちに、インドの詩人タゴールの「子どもは未来からの使者である」という
言葉に出会い、社会活動の全てを「子ども達のために!」と定めた。臥龍には、一つの夢がある。人生を終え、
あの世で母に会ったとき、「精一杯、未来にお返ししてきました!」と報告し、「ずっと見ていたよ」と言って
もらうことだ。